喪女予備軍の戯言

適当なことを適当に言ってます。

松村北斗の「みはり」

※以下、現在行われているSixTONES単独コンサート「CHANGE THE ERA -201ix-」内のネタバレ含む考察と妄想です。



 あの日観たのは確かに一つの芸術であり、完成された作品だった。演出、ダンス、歌声のすべてが計算され尽くした芸術。終わりを約束された始まり。


 文学や芸術が好き、というのは知っていたけれど、スクリーンに映る文字の洪水は彼の貪欲な探究心を表しているようだった。言葉の渦の中で自己を表現する松村北斗は、自分すべてを利用して歌詞の意味や楽曲の世界観を映し出している。

 そもそも、世界観を作るというのは存外に難しい。演劇でも、文学でも美術でも、引き込まれる芸術作品は一目見た瞬間にその世界に飲まれる。あの時、松村北斗は一瞬にして会場を飲み込んだ。自分の世界に引き入れてしまった。私は思わず、ペンライトの存在を忘れ固唾を飲んで彼の表現する世界を見守っていた。否、彼を追わずにはいられない感覚に陥った。


『楽園は崩れ落ちた』という歌詞がある。歌詞を調べたところ、このワンフレーズは二度歌われるのだが、わたしは曲の終わるその時までついぞそのフレーズが耳から離れずに、彼が壇上から消えるその時まで一種のテーマとしてそれを捉えていた。

 パラダイスロスト。よく聞くフレーズだが、なんとなく、根底にそのイメージがあるように感じられてならない。絶望の淵に立たされた人間が、その苦悩や嘆きに身を割かれ、最後に世界は崩落を迎える。絶望に追いやられるまでの「彼」が果たして楽園にいられたかどうかは定かではないが、物語の冒頭時点でそれまで「彼」がいた世界はすでに崩壊しているのだ。


 さて、凝縮された時間の中で悲嘆と苦境の感情を表現した彼は、壇上から姿を消して物語に終止符を打つ。自らが数瞬のうちに作り上げた世界観を、物の見事にぶち壊して終わるのだ。

 物語の中では往々にして、死を美しいものとして扱うきらいがある。わたしはその傾向を好む人間で、物語の後味は綺麗でなければないほど美しいと感じる。だからこそ、徐々に音が消えていく中で歌い続ける「彼」が、苦悩から解放されるために身を投げた最期を、果たして美しいと思わずにはいられない。

 わたしが観た「みはり」は初日の昼、つまりまだ誰もセットリストや演出を知らないまっさらな状態であり、彼の演出の最期を見届けた会場の一部からは短い悲鳴が上がった。わたしも思わず嘆息した。なんて綺麗な最期を見せてくれたのかと。たった数分という短い時間の中で、まんまと彼の作り出した世界に引きずり込まれ、息を吐く間も無くその世界の中で殺されたのだ。


 もしも彼に、彼のためだけの曲が与えられたら、一体どんな世界を作り上げるのだろう。陰鬱とした世界の中で一筋の光を探すのかもしれないし、あるいは真逆の、何の憂いもない明るい未来をうたうのかもしれない。その日が訪れるのが楽しみでならない。松村北斗という人が作る世界を見てみたい。


 今はただ、もう一度だけでいいから、彼の「みはり」が観たかった。

ネバーランドに生きる君たちへ

安っぽい言葉になるからあんまり表現したくはないけど、数年ぶりに新しい「沼」にハマった。これは沼だった。足が取られて動けなくなる。

 

SixTONE(ストーンズ) - JAPONICA STYLE [Official Music Video]

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この動画がすべての元凶である。詳しく説明すると10月下旬に突如都内に出現したSixTONESの巨大広告がツイッターランドに流れてきたことで興味を持ったのがきっかけとなり、周囲のジャニオタに勧められるわけでもなく自発的にMVを見てしまった。それがすべての始まりにして運の尽きだった。

 

SixTONESとは、ジャニーズJr.(以下ジュニア)内で結成されている23歳前後の男性6人で構成されたアイドルグループである。ジュニアなのでまだCDデビューはしていない。11月頭にタッキーがプロデュースしたMVが公開され、先述のように都内に巨大広告が設置されたりYouTube内でもCMが挟まれていたりしたので、もしかすればジャンル外の人でも名前はみたことがある、かもしれない。

 

ジュニアがMVを出すこと自体前代未聞だと思うし、そもそもジャニーズという事務所がつべにチャンネルを持っていたこと自体無知な私からすると目から鱗状態だったので、え、そんなことやってたの? というのが第一印象だった。家族がジャニオタなのでMV見たよ、かっこよかったねというと「去年の少年倶楽部(ジュニアが出演しているバラエティ番組のこと)で同じ曲やってたの見たじゃん」と言われ、ようやく彼らがその時の子たちであることを認識した。

その家族に勧められるまま次に見た動画がこちら。

 

SixTONES【ドッキリ!?】YouTubeキャンペーンに選ばれた説(オマケ映像つき)

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Yotubeアーティストプロモキャンペーンというもの自体初耳だったけど、どうやらつべを利用した世界中にアーティストをプロモーションするキャンペーン(そのまま)らしい。BTSも過去に選ばれたことがあるそう。日本国内では初の試みだったようだ。

そもそもジュニアは大々的にメディアでプッシュされることがないイメージがあって、結構アングラというか、活動が内輪向けな印象を持っていた。そんな彼らがつべチャンネルという国内外問わず発信できるコンテンツを獲得した結果、プロモキャンペーンに選ばれたわけだが、この動画はそれをドッキリ企画形式で知らされる、というものである。

MVではあんなにかっこよくキメていた彼らの素の状態が分かりやすかったのがこの動画だった。彼らの顔も、名前も年齢も知らないまま、選ばれたと知った時の彼らの反応をそのまま知ることができる。どういう子たちなのかまださっぱり分からないけど、喜び方が素直で可愛らしい男の子たちだなあ、と心を掴まれたのが第一のきっかけだ。あとたった10分程度の動画なのに仲の良さが伝わってくるのもいい。

 

次に見たのはJAPONICA STYLEのレコーディング風景の裏側を撮影した動画。

 

SixTONES【レコーディング】裏側編

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こちらも7分弱くらいしかない動画だが、グループの進行兼ツッコミ役である田中樹をメンバー全員でボケ倒していじる、という、関係性が明確に現れた動画だった。ボケとツッコミって加減が難しいというか、見ている側に若干の不快感を持つ可能性もある中で、彼らのボケ倒しはただただ純粋に仲が良いんだなこの子たち……としか思わせない爽快さと面白さが兼ね備えられていて、しかもそれが内輪向けだけになっていないというところがすごい。

 

アイドルに限らずファンありきの活動をしている人たちが素を見せるとき、どうしても内輪向けになりがちっていうのはオタクしてるとどうしても感じちゃう部分ではある。いわゆる「元ネタを知っているとめちゃくちゃ楽しいけどそれ以外の人がみるとなんかしらける」というトークが結構定番化して来る。これは舞台俳優や声優のオタクをしていた時期、メイキングやバクステ、それからカーテンコールやイベントなんかでずっと感じ続けていた部分だが、彼らにはそういう「ネタ分かんなきゃしらける」部分が少ない。初見でも楽しめるし、ファンならもっと楽しめる。そういうさじ加減が上手い。

それを一番感じたのが次の動画だ。

 

SixTONES【KYゲーム】空気が読めないのは誰だ!

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元ネタがあるのか彼らが考えたのか未だに私も分かってないけど、これはマジでめちゃくちゃ面白かった。腹抱えて笑った。まだ顔と名前が全員一致してない中で、顔のいい兄ちゃんたちが楽しそうにゲームやってる、しかもそのゲームが面白いっていうそれだけで笑える。しかもこういう企画は、テレビでやっても面白くない。つべっていう動画配信型だからこそできる最高にくだらなくて最高に面白い動画なんだと思う。

 

他にも寝起きドッキリ企画動画だったり、セブンイレブンの商品を利用したゲーム企画動画だったり、既存ファン向けの企画動画もしっかりあったり、何も考えずに楽しめる動画が一年間週一で投稿されているので数多く存在する。それも大体10分前後しかないから手軽に見やすい。

そして再び彼らのパフォーマンス動画に戻る。

 

SixTONES「Jungle」(「ジャニーズJr.祭り 2018」単独LIVE in 横浜アリーナ

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このギャップが純粋にすごいと思うし、面白いと感じる。そして死ぬほどクールでかっこいい。

 

私はあまりアイドルに詳しくないけど、今のアイドルって少し昔のアイドル像とちょっと変わってきてて「かっこいいと気さくさ」を兼ね備えている方がより魅力を感じると思っている。

例えば嵐さんは、パフォーマンスはすごくかっこいいのは勿論だけど、「顔がすごくいいけど、どこか近所にいそうな気取らなさすぎないアイドル」と思っている。これは私の母がずっと嵐のファンをしていて、傍目から見ている私個人の感想だ。

そういう手軽さ、手の届きやすさ、それでいて彼らは絶対的にアイドルであるという線引きの三つが、今のアイドルの魅力なのかもしれない。

SixTONESの六人も、パフォーマンスをしている間ははちゃめちゃにかっこいいアイドルだけど、動画を見ていると悪い意味ではなく「その辺にいそうな気のいいあんちゃんたち」というイメージを抱かせる。現実にあんな子たちいたら目ひん剥いちゃうけど。そういう気さくさ、フレンドリーさっていうものがとても大切で、彼らにはその強みがある。

中身は面白い兄ちゃんたちなのに、一度板の上に立つと驚くほどのパフォーマンス力で魅せてくる。それこそがSixTONESの最大の色なんだと思う。

 

彼らはよく自分たちのことをジャニーズらしくないという。確かに、王道アイドルとは真逆を地で行くような子たちなのでその表し方も間違いじゃないんだろう。でも私は彼らのことがどうしようもなくジャニーズだと思うし、どうしようもなくアイドルだと思えてしまう。

ガン攻め俺様路線を突き進んでいくようで、すごくお行儀が良い。そのお行儀の良さこそが彼らのアイドル像に繋がっているんだと思う。

「お前らは守るから、どこまでも付いてきな(Amazing!!!!!!より抜粋)」

なんていう歌詞を歌い上げる彼らはKYゲームや中華まんウルフで死ぬほど盛り上がれる彼らと同一人物なわけですよ。それってすごくない?

 

 

CDデビューにこだわらず、という文言をよく見かける。この事務所の伝統として、CDデビュー=メジャーデビューというものがあるので、それってどういう意味なんだろうとか色々邪推していくなかで、配信デビューしかり、色々な形のデビューがあるのだと発進してくれる彼らはまじで信じられるな……と思うし、全員芸歴が二桁に乗ろうとしている分、ファンのありがたさに対する感謝を素直に返してくれるので、古参ファンの方が羨ましいなあと思います。そしてこんなポッと出の、いつ消えるとも知れん新規ファンを暖かく迎えてくださる古参ファンの方たちには一生頭が上がらん永遠に新規です。

 

とりあえずCDでも配信でも形にはこだわらないから音源をください。周囲に布教できる形あるコンテンツが欲しいです! 金に糸目を付けぬオタクより。

祖父の死

 二十歳の七夕に祖父が死んだ。祖父が二十一歳をお祝いしてくれることは二度とない。それどころか、以降私の人生において母方の祖父が誕生日を祝ってくれる日は二度と訪れない。

 前日、七月六日、祖父がいよいよ危ないという母の知らせを受けて祖父の家に足を向けた。昨年の暮れにさしかかる以前からどうにも祖父の体調が怪しいという話は聞いていたものの、まさかその半年と少し先には死ぬと考えていなかったし、まだまだ存命でこれからも話ができると思っていた。否、そう信じ込んでいたかった。

 前立腺がんが発端となり、終末には骨にまで転移してもう手の施しようがない状態であったという。祖父はどうにかして生きる手立てを探し、抗がん剤治療も受けていたし、わざわざ体調の悪いまま京都まで足を運んで免疫療法も試していた。努力も虚しく治る見込みもないことを悟った祖父は、せめて入院はしたくないと終生を自宅で過ごすことを選択した。

 祖父は、妻である私の祖母、子である私の母と叔父、その妻や夫と孫四人、そして自身の姉に看取られて息を引き取った。彼の望んだ彼の家で、彼の母が長らく暮らしていた和室で、皆に名前を呼ばれながら、最期は安らかにこの世を去った。お医者曰く、現代は自宅療養を選択できる患者は全体の一割程度しかなく、その中でもこれほど多くの近親者の前で最期を迎えられるのはわずか数パーセントらしい。さぞや旦那さんは幸せな最期だったと思いますよ、というようなことを、聞かされたように記憶している。あまり覚えていない。

 

 祖父にとって私は初孫だった。子である母曰く、当時血縁に幼い子供は私しかおらず、祖父だけに及ばず親戚周囲にとって私は可愛くて仕方のない存在だったらしい。自分にも他人に厳しく、頑固で言動も当たりの強いところのあった祖父は意外にも子供好きだったようで、それはそれは私を可愛がってくれた。私自身、祖父に可愛がられていた自覚はある。私を含め四人いる孫連中の中では確実に私が可愛がられていた。なぜなら長女の長子であるからだ。

 母から聞く祖父と、私の中の祖父とではかなり人物像が乖離している。母にとって祖父は厳格な人であり、可愛がられた記憶はないと聞いていた。祖父は自分で会社を立ち上げ経営し、祖母はその手伝いをしていて母の幼少期はあまり家にいなかったらしい。母はさぞかし寂しい思いをして過ごしただろう。多分、祖父はその償いを、私を通してしていたに違いない。母にしてやりたかったことを、歳を取り時間とお金に余裕ができたころにできた私という孫に施してやっていたのだ。私は祖父母に、様々なものを買い与えられた。初めてのゲームは祖父に買ってもらった。吹奏楽で使う楽器を買う時だって半額出してもらった。二十歳の祝いには多すぎる額の祝い金を受け取った。きっと、母にしてやりたかったことなのだ。ゲームを買ってやることも、楽器を買ってやることも、きっと母にしてやりたかったことなのだ。母が子供の頃、会社が大変で金銭的にも余裕がなかったと推測される。自分の子ではないから甘やかしていた部分はあるだろうが、今考えるとそうとしか思えない。

 私は祖父が大好きだった。大好きだったからこそ祖父の病気を受け入れられず、顔を合わせる機会は何度でもあったのに逃げ続けた。逃げ続けた結果、私は最期に彼と交わした会話が、恋人はいるのかという彼からの確認になってしまった。勿論いない。

 

 

 私から見た祖父は、確かに頑固で気難しいところはあったものの、基本的には優しい祖父だった。ゴルフが大好きで、祖父の肌はゴルフ焼けのせいでいつも真っ黒だった。ヘビースモーカーだったそうだが、私が物心ついた時には禁煙していた。お酒は一滴も飲めないほどの下戸だったらしい。甘いものが好きで、お腹が少し出ていた、いわゆるメタボリック体型。祖父の背は頼もしく、貫禄があった。

 亡くなる前日に見た祖父は、もう意識もなくどうにか生きている状態だった。苦しげに呼吸をし、歯は三本しかなかった。やせ細った身体は骨と皮しかなく、ゴルフ焼けで真っ黒だった肌はしばらく陽に触れていなかったせいか病的なまでに真っ白で(実際病気だったのだから病的という表現はまさしくそれであろう)、これが本当にあの祖父なのかと人知れず絶句した。頼もしさも貫禄も感じられなかった。しかし、確かに祖父だった。

 この時握った手は暖かく、祖母には朝発熱してね、と伝えられていた。翌日容体の急変を聞きつけて駆け付けた時に握った手は血が通っていないかのように冷たく、蝋人形のように白かった。たった一日で変わってしまった。そしてその数時間後に亡くなった。

 名前を呼ばれるたびに息を吹き返し、心臓が脈打っていた祖父のそれが段々と落ち着いて、正確に息を引き取ったのが一体何時だったのか私も、誰も知らない。母がずっと祖父の脈を計っていた。彼が息を引き取った前後、母が自分の鼓動か祖父の鼓動か分からないから代わりに計ってくれと私に祖父の手を握らせた。祖父の脈があるように感じられた。私の脈だったけど。

 そこからはめまぐるしく時間が過ぎ去って、在宅看護を請け負ってくれていた看護師さんを呼び、看護師さんと妹の二人で祖父の身体を綺麗にした。なぜ妹が手伝ったのかというと、妹が看護師という職種に興味を持っていたからだった。志し始めた理由は手に職がつくから、安定的であるからなどといった打算的な理由だったものの、これが決定打となり本格的に看護の道を進むことに決めたのだとこの前聞いた。貴重な経験をさせてもらえたものだ。ともあれ、その看護師さんと妹の手によって綺麗になった後は、懇意にしている葬儀屋を自宅に呼び寄せて葬儀の日取りを決めたり、親類や知り合いに祖父の訃報を連絡し、長らく檀家となっている寺院に一方を入れた。私はただそれを見ているだけだった。成人していても、この家では私は無力な子供でしかない。気を紛らわせるように読書をし、携帯電話で遊んで、時間が過ぎ去るのをじっと待っていた。

 祖父が息を引き取った直後、私は洗面所に籠って一人泣いた。私以外は誰も泣いていなかった。それは、決して祖父が愛されていなかったとか、そういう理由じゃない。そもそも愛されていなかったら、厳格で偏屈なだけの人であったなら、例え直系の親族でも彼の最期に立ち会わなかったはずだ。私以外は現実を受け入れられていて、私だけが祖父の死を受け止めきれず泣いただけだと思う。どうしてそんなにみんな強いのか、私には分からない。祖父が弱っていく姿を見ていないから、突然目の前に現れた弱々しくなった祖父が祖父である現実を、受け入れられなかったのだろうか。

 亡くなった七日は金曜日で、本当なら土曜に通夜、日曜に葬式を行う手はずだったが、日曜が友引だったのでやむを得ず葬儀は月曜に先のばされた。私は土曜と日曜にアルバイトをしているので、休む連絡を入れると伝えたのだが、母には大丈夫だから休まずに行きなさいと言われ、困惑しながら両日ともにアルバイトに向かった。さすがに通夜のある日曜は早引かせてもらったが、それでも普段と変わらず自分の趣味に費やすための小銭を稼いでいた。

 母がどこまで考えて私にアルバイトに行ってもいいと伝えたかは分からない。私は非日常の中で、最も日常的であるアルバイトという行為を行ったおかげで、どうにか精神バランスを崩し切らずに済んだ。私のアルバイトは接客がメインであり、どれだけ気分が落ち込んでいても、どれだけ心がすさんでいても、お客相手には愛想を振り向かねばならなかった。私は、接客が好きだ。嘘でも笑えば気が楽になるとは本当の話で、アルバイトに来るつい三十分前まで号泣していたはずの私が、アルバイトをしている六時間の間だけは悲しみを忘れることに成功した。妹が祖父の身体を綺麗にしたことで祖父の死を完璧に受け入れたように、私は日常生活を送ることで祖父の死を徐々に受け入れ始めていた。

 土曜の朝、おっさん(和尚さん)を招いて祖父の枕経を行い、それこそ起きた時から嫌でも祖父の死というものを突き付けられていた。祖父の亡骸を目の前にして、おっさんは経を唱え、説法というにはかなり私情の入ったお話をされて帰った。祖父の家は熱心な浄土真宗で、毎年盆には決まったおっさんが祖父の家を訪ね、故人を弔った。

「お母さまを看取られて、ようやくこれからという時に」

 そう告げたおっさんの顔は、本当に悲しんでいるように見えた。祖父の母、つまり私の曾祖母は、私が十七の時に百歳でこの世を去った。祖父に比べれば大往生だ。通夜でも彼は同じようなことを言葉にした。それを聞いた母は、帰宅してから「おばあちゃんが寂しがってお父さんを連れてってもたんや」と、あながち冗談でもなさそうに呟いた。祖父は長男だった。

 葬儀屋が通夜からの段取りをどうするかという相談と共に、湯灌の儀をしにやってきた。その場で見ていてもいいと言われていたため親族はその場に残ったが、私だけはすぐさまその場を離れてしまった。次いでいとこの二人が部屋に戻ってきた。私は時計とにらみ合いながら、儀が終わるのをひたすら待った。すべてが終わって、アルバイトに向かうため着替えや化粧をしに席を立った。部屋に戻って昼ご飯を食べて、行く前におじいちゃんの顔を見てきなよ、と母に言われるまま、重い腰を上げて死に化粧を施された祖父の顔を覗きに仏間へ向かった。

 祖父の死に顔は、土気色でいかにも死人だった状態から、すっかり綺麗なものになっていた。今にも起きてきそうな顔してるでしょう、と、いつの間にか隣にいた祖母に言われた。そうしたらもうだめだった。いくら寝ているだけに見えても、今にも起きてきそうな顔をしていても、祖父はもうこの世にいない存在なのだ。心臓は動かない。閉じた口は二度と声を発しない。瞳を開けて私を映して、遊びに来てたんか、と笑う彼はもうどこにもいないのだと知った。声も上げずに泣いた。祖母の声は耳にも心にも届いていたのに、泣かれていることを悟られたくなくて頷くばかりだった。やがて、私の鼻をすする音が耳に届いたのか、祖母は少し嬉しそうにあんた泣いてくれてるんか、と言った。

「おばあちゃん、全然泣かれへんのよ」

 前日、あんなに苦しむならすっと逝けた方が良いのにと私は思うのよ、と祖母は言っていた。「あの子ら(私の叔父や母のこと)は父親やから、死んでほしくないと思ってるみたいだけど」

「これからおばあちゃんどうしよ。おじいちゃんおらんくなって、することもないしねえ」

 そんなの、いつでも遊びに来るわ。おんなじ市内なんやし、私今年はまだまだ暇やし。多分、そんなようなことを言った。

「あんたが一番、お父さんと過ごした時間は長いからなあ」

 うん、そうや。私が一番、おじいちゃんと遊んだ時間は長かった。外にある広い庭で、おじいちゃんの好きなゴルフのボールを使って遊んだ日も、おじいちゃんの草刈りの邪魔をしてケラケラ笑った日々も、本当は微かに覚えている。末のいとこと九つも違う私は、唯一祖父に成人した姿を見せられていた。成人式に着た振袖は、実のところ本当に着るかどうか悩んでいて、着てよかったとその時心底思ったものだ。周りの友人たちに「絶対着て後悔せんよ」と諭され、渋々ながらに決めただけのことはあった。後悔どころか背中を押してくれた友人たちには感謝しかない。桃色の振袖に袖を通して、祖父の家を訪ねた。祖父と祖母の三人で写真も撮った。綺麗だと褒めてもらえた。あの時着ていればという後悔がないだけ、百倍良い。

 通夜には驚くほど多くの人が参列した。一人で会社を立ち上げた人間というだけあり、生前祖父と親交のあった人々が突然の訃報を耳にし駆けつけてくれたようだった。私の父も、その数の多さには驚いたと言っていた。何より驚いたのは、届けられた花の数だったという。式場には入りきらず、入り口のその先まで花が立てられていた。やっぱり、私にだけじゃなく多くの人にとって祖父はいい人だったのだと思う。そうでないといくら何でも通夜にはやってくるまい。

 翌日の葬式ののち、告別式で私は祖父に手紙を渡した。遺体と共に焼いてもらうためだ。最後に、花にうずもれた祖父の顔を見て、穏やかに微笑んでいるような気がして、さよならと笑顔で言うことが出来た。

 遺体が遺骨になって、骨壺にそれらを入れるはしわたしの儀を行ったとき、骨の脆さを知った。箸に少し力を入れるだけで、さっくりと音を立てて骨は割れた。すべての遺骨を骨壺に入れるわけではなく、その一部をしまうのだということも、初めて知った。ぎゅうぎゅうに詰められた祖父の遺骨の一部は、そのまま祖母の家へ持ち帰られた。あの広い広い家に、祖母は一人きりで暮らしていくことになるのだと思って、考えるのをやめた。

 それきり私は祖父の死を受け入れて、悲しみに暮れる日々と決別できたかのように思えていた。私の精神状態を心配して、友人たちが連絡をくれていたものにも、大丈夫だからと平然と返すことが出来ていた。その中の一つに、あとで一気にくるときもあるから、と書かれていたものもあったが、もう乗り越えられた気になってありがとうとだけ返していた。

 祖父が亡くなって一週間後、私は変わらずアルバイトをしていて、もうすっかり日常に戻ったものだと思いあがっていた。お客への受け答えも普段と変わらず、愛想を振りまきながら大好きな接客をしている。笑いあう家族連れも、若いカップルも、仕事中の人々も笑顔で対応して、そしてふと、老夫婦に目が付いた。私は祖父母が私を見にバイト先を尋ねてきた一年前を思い出した。祖父がまだ自分の足でしっかりと歩き、足の悪い祖母を気遣っていた頃だった。

 大丈夫になったと思い込んで、弱い自分はその弱さを隠すことで虚勢を張ることを成功させようとしていただけだった。ひたすらに虚無感が胸を支配し、頼まれた皿洗いをこなしながら、厨房で泣いた。化粧が崩れるのも気にしなかった。店に戻ってから先輩に顔色が悪いと心配されたものの、大丈夫ですよと軽く笑って、明日祝日なのに学校があるから憂鬱なだけです、と嘘をついた。

 帰ってからまたひとしきり泣いて、本当の意味で祖父の死を実感していった。あの家に行っても、もう祖父は私を出迎えてくれない。私に恋人はできたか冗談めかして聞いてもくれない。アルバムをめくりながら、おじいちゃんの一番好きな写真だと見せてくれたのは、幼い私が一生懸命祖父を覗き込んで何か話しかけている姿だった。数ある写真の中で、七十四年生きてきた人生で数多く撮ってきた写真の中で、一番好きな写真がそれだというのだから、私は愛されている。

 その話をしたのが、今年の五月だった。まだ、二か月前のことである。

 

 今日の夕方、母に言われてスイカを冷蔵庫から出した時、三週間前にアルバイト先でもらったメロンの存在を思い出した。メロンは祖父の好物だ。私は果物が大嫌いで、それでも唯一メロンだけは食べられるのだけれど、祖父にあげられないかと思い母に尋ねたのだった

「ちょうどよかったわ。おじいちゃん、もう何も食べられへんのやけど、メロンは食べられるみたいなんよ」

 その後そのメロンの行方がどうなったのか、私は聞いていなかった。お母さん、めっちゃ前の話やけど、この前私が店長からもらったメロン、おじいちゃん結局食べられたん?

「あれ、言ってなかったっけ。おじいちゃん喜んで食べてたよ。片方はぐずぐずになってたからメロンジュースにして、もう片方は美味しいって言いながら全部食べてたわ。おじいちゃん、オレンジのメロンは嫌いって言うてたから、あんたの貰って来た緑のメロンが嬉しかったみたい」

 そっかとそっけない返事をして、またもや私は洗面所に駆け込み、化粧を落とした。顔を洗うついでに涙も流しておいた。祖父はちゃんと、私の渡したかったメロンを食べられていたのだ。

 不思議と、祖父の死に関して後悔はあまりない。ぬぐいようのない悲しみが唐突に押し寄せて、防波堤が崩壊するように涙があふれた。正直な話、これらを書いている今もなお、当時を思い出すたびに泣いている。泣くのは昔から得意だ。泣かない方法を知りたいと願うくらいに。

 来月の今日、祖父の四十九日を弔う日がやってくる。そのころまでには、嗚咽を上げてしまうようなみっともない泣き方を、止めることが出来ているだろうか。

 ふと祖父を思い出しては、泣いて、泣いては落ち着いて、落ち着いては祖父を想って、そんな二週間だった。もうすぐ三週間が経つ。それでも私は、あの家を尋ねれば祖父が私を出迎えて、久しぶりやな、と笑ってくれる日々を信じている。

月に関する愚痴と個人的な結論

 

 
 二日前に起こった件のイベ開催地問題について、ようやく整理をつけられた今とんでもないくらいの虚脱感に苛まれているのだけれど、多分これが疲れたという感覚なのだと思う。
 フォロワーさんなら私が幾度となく運営にキレ芸してるのを見てたと思うから知ってるだろうけど、これまではその疲れを怒りに変換して発散してたから多分ここまで疲れてなかったんだろうなあと改めて実感した。整理つけてからのもう何でもいいや感が半端じゃあない。思考停止もいいところだと自分でも思うけど、もはや作品が好きだという気持ち以外の怒りとか悲しみとか全部どうでもよくなって後に残ったのは虚しさだけだった。
 
 ご存知の通り月歌。は昨年度舞台とアニメ以外の展開がなく現在も毎月アニメの円盤がリリースされていたのと舞台をやっていたのと六月にゲームが発売することとアプリゲーがリリースされる予定であることくらいしか情報がない。ドラマ音源自体最後に出たのが昨年の2月だか3月だかのベストアルバムじゃなかったっけ。正直な話私はドラマ音源が出ないことにみんなが言うほど不満はなかった。ただ、2016年度のみんなの日常が音声として知ることができないのは寂しかったし悲しかった。去年は推したちが二十歳という節目の時期だったから余計に。でもそれだけの話だ。何故ならアニメとしてコンテンツは動いていたからである。
 じゃあ何にムカついてたって運営の営業の下手さとしか言えない。去年一年で確かにドラマCDは出なかったけど、アニメに舞台とコンテンツの入り口自体は広がった。以前より新規参入がしやすい状況を作れた。しかし新たな音源も出なければ、これまでの特典CDのまとめドラマCDなんていうものもない。新規参入した方達は今までに出た既存ドラマCDを買ってもSSを読んでも彼らの全てを知ることはできない上今を生きる彼らを知ることもできない。運営にお金が払えない。その上数々のイベントでの失敗、販促の後手後手感。後続だの舞台だのは動くのにドラマCDという本元は動いてくれない。
 羅列してそりゃあドラマCDから入った人は嫌になるよなと思った。私はドラマCDから入った人間だけど、アニメも舞台も後続も全てを楽しめたから現状にそれほど不満はなかったのかもしれない。ただまあ、疲れはした。
 
 全部が好きだったからこそ去年のAGFは辛かった。舞台の演者さんがお札配りに来てたし、後続のビジュと今後の展開は発表されるし、なのに月歌はビジュの張替えが二日目に行われるほどゴタゴタしていて、その上何の展開も発表されていない。どちらにも好意的じゃない人たちからすれば面白くも何ともない状況で、言葉でとっても責め立てられた。いや、私に言われたんじゃないんだから責め立てたって思うこと自体お門違いなんだけど、そう言う意見を見るたびなんかごめんなさいって気持ちになった。
 徐々に新規音源が欲しいという純粋な気持ちから、そうして不満が出るのを見ることに疲れたから運営さん早く新規展開を出してくださいという気持ちに変わっていった。今もどちらかというとそういう気持ちの方が強い。ドラマCDさえ展開してくれたら、きっとみんなここまで不満が溜まることもなかったろうに。
 極め付けが今回のイベントの規模である。正味そくのイベ規模が1万は言い過ぎだろうし実際はいるけどそんなに入れないだろうと思ってるから誇張だとはいえ、月歌のイベ規模より確実にでかいのは確かで、そくといぶの規模格差でキレ芸してたことが馬鹿馬鹿しくなったし、最早予想通りすぎて泣けた。でも私がなによりモヤモヤしたのは規模の問題よりも発表時期の方で、絶対シリアルつけますって言った時からこの会場で開催することなんてわかってたくせに、なんでシリアル先行が始まり二週間ほど経った今更発表するんだよって。詐欺じゃんこれ。立派に詐欺だよ。
 私が腹をたてること自体お門違いなのは私自身が一番理解している。そもそも「積んで」いないからだ。ただし周囲に7巻を何枚も何枚も購入した人を何人も知っている。理由なんてイベントに行きたいから、それだけしかない。当たり前だよ、だってあんな人数の月歌の声優呼んだの初めてなんだもん。
 まあそんな人たちって規模が大きかろうが小さかろうが関係なく積んだとは思うんだけどまさかまさか2000人ガチで切ってくるなんて思ってないわけで、最初から規模がわかってたらもっと積んでなかったかもしれないし、積んでたかもしれないし、その辺は個人の采配なのでそこは置いておいて、ある程度シリアルのためだけに買った層がいる前提であの日に発表した運営は卑怯だと思った。
 けどTLにはこのことに怒ってる人は私以外におらず、みんなキャパの方ばかりを糾弾していた。その瞬間、腹を立てている部分の違う私が間違っていたんだなと痛感した。そして、運営に喧嘩腰でいる姿勢自体に疲れた。
 
 ここまで言ってて自分は自覚していた以上にかなり自分勝手だな〜と思ったのだけれど、フォロワーさんは優しいからか未だかつてブロックされたことがないという事実に改めて驚く。ミュートはされてると思うけど、どうしてこんな自分勝手な主張しかしない人間をブロックしないんだろうってずっと思ってるし、そもそも私ほど文句を言ってる人をTLで見かけない。私は性格が悪い上に物事を歪めてでしか考えられないから喜ばしいことですら噛み付いてしまう。
 後続のアニメ化が発表された夜、私が泣いてしまった理由を今考えれば先述の通り「ああ、また不満派の人たちに噛み付かれてしまう」っていうものだったんだろう。結局このジャンルにい続ける限り私はこの苦痛を味わい続けるのだろうし、その苦痛は自己満足の果ての現象なのだから世話がない。
 
 舞台、とても楽しいです。演者さんたちもキャラを愛し原作をリスペクトしてくれています。事実こっちの売り上げもいいんだと思う。でも、運営を叩く気持ちはとてもわかるんだけど、演者を叩かれると悲しくなるしそこは違うんじゃないって私は思います。
 後続、とっても素敵なコンテンツです。あからさまなユニット格差を作られることにも慣れました。売り上げが全てを言うことを女神の次に理解させてくれたね。あからさまなツキクラ2期生のための時期尚早なアニメ化まだ許してないけどきっと楽しむんだと思うよ。やっぱりキャラクター好きだもん。
 
 どちらも楽しみたいからこそ公式には線引きというものを学んで欲しいけど、きっと無理なんだろうね。分かってるから自衛するしかない。自衛しただけで過激派扱いされてしまうけど、仕方ない。
 
 現在ツキプロを冠するコンテンツのほとんどは某F氏が総括しているはずなので、全てに手が回らないのは頭では分かってる。そして流石にあの大企業でツキプロというコンテンツを一人で回しているわけじゃないのだから、彼女だけの責任ではないことも、理解している。まあ最終決定権は彼女にあるだろうけど。
 
 月歌のゴールがアニメ化だったのでアニメ化してしまった今もしかしたらこのコンテンツは燃え尽き症候群に陥っているのかもしれないと最近考える。その先に進めるか否かは運営の匙加減一つなので我々消費者はただ黙って見ているしかない。意見メール送っても問い合わせてもスルーしてくる運営だからいくら声あげたところで届かないし。なんかもうそこで諦めちゃうわたしも飼い慣らされてるなあという感じだ。
 
 せめて特典CDまとめドラマCDくらいは出して欲しいし、紙類の再販してくれないかなーって長い間思っている。12月に行われる予定の舞台も兎王国の話らしいけどあれドラマCDの予約特典だから新規参入してきた人設定知らないじゃん。いつまで引きずるんだよって正直思ってる。あの設定好きだけど設定資料自体もう手に入らないのにどうすんのかなあ。逆に、10月にも12月にも舞台やるからどうせ音源は出すんだろうなと踏んでるけど。
 
 こうしてぐちぐち書いたところで結局私はツキプロのアイドル達を愛さずにはいられないしお金を落とし続けるしかないのだし、自分でも滑稽だよ。迷惑かけまくってるリア友や身内になんでそんな辛い思いしてまで界隈にいるの?って聞かれたけど、そんなのキャラと作品愛に決まってるんだよね。運営は憎いけど、コンテンツは愛おしい。
 文句は言い続けるだろうけど今までみたいにいちいち噛み付く気力はもうないなあ。何に怒っていたのかさえ今の私にはちょっとよく分からなくなってしまった。とりあえず平穏に平和にツキプロのアイドル達を愛でていきたいです。終わり。

推し声優が結婚した。

 

 
 先週の土曜日、推している声優が結婚を発表した。生放送のラジオ内での出来事だった。突然の報告に驚き、一抹の寂しさも覚えつつ、同時に知った彼の過去を悲しみながら、それでも幸せになってほしいと心から祝福した。純粋に、好きな人が幸せな現状がとても嬉しかった。
 
 最近の声優はアイドル売りが基本となっている。男女問わず「アイドル声優」というワードが頻繁に使用されるようになった。ライブ、ラジオ、雑誌の特集など、例を挙げていけばキリがないだろう。それに対して需要も供給も納得しているのだから、これはこれで悪くないのかもしれない。
 先日数年前に結婚していたことが発覚した声優がいる。彼はとても人気のある方で、知名度も演技力も高く、一般的にオタクと言われる趣味をもたない人間からも度々その名を認知されるほどの声優さんだ。だからこそ週刊誌は彼のゴシップを狙い、そして狙い通りに騒ぎとなった。
 タイムラインには様々な言葉が並ぶ。おめでとうございます、裏切られた気分、など賛否両論で、中にはもう結婚していてもおかしくない歳なのだから、という方もいた。確かにその通りだ。しかし騒ぎとなってしまった、そもそも彼が結婚を隠してしまった理由はその売り方にあるのではないか? そう、「アイドル売り」である。
 元々アイドルとは「偶像」「熱狂的なファンを持つ人」という意味があり、ここでは恐らく後者の意味合いが強い。職業アイドルと言われる人々は顧客に対し夢を見せることが最大の目標であり全うすべき責務である、と私は考えている。非日常から自分たちの日常に向けて元気や勇気をもらう存在、という持論だ。最近は声優に対してもそのあり方が求められていた。
 
 少し違う話となるが、二次元アイドルというジャンルが盛んとなり、結果的に声優という職種が表舞台に立ってキャラクターを演じることが増えた。最早それは声優という職業に求められるべき仕事ではない。それでも彼らは表舞台でキャラクターを演じ、観客はそれを求めてイベントへ足を運ぶ。主にその役割を担うのは若手声優であり、足を運ぶのは専らその(作品・声優本人問わず)ファンである。そういうやり方をしないとファンに受けないと企業側が認識してしまい、顧客側がそれを当たり前だと信じて疑わない需要と供給の結果である。
 少し前まではセット売りの方が盛んであり、声優同士が仲の良い様子をラジオ等で見せる売り方が主流であった。今もその営業は続いているが、アイドル売りほどでもないだろう。顧客は声優に対して夢を見ている。いつでも清廉潔白で、自分たちの思うままの彼らを求めてしまう。それは、声優ではない。それを求められてきたのはこれまでアイドルという職種の方々だった。
 
 結婚が発覚した声優は、同じ声優同士のユニットに所属しさもアイドルであるかのような売り方をしていた。彼に夢を見るファンが多くいた。実際彼が結婚してすぐの頃に報告していれば、今よりももっと荒れていただろう。
 彼が結婚を隠したことも、結婚をしていたことも何も悪くはない。悪かったのは彼自身に対する売り方だった。彼に夢を見ていた人間は少なくない。そうでなくとも、今回のようなバレ方をするくらいなら言って欲しかった、という人間だって多くいる。悪かったのは「アイドル売り」。彼が顧客に対しての虚像を作り上げていた営業方法にある。
 
 その状況がまだオタク趣味を持つ人間の記憶から新しい中、まだ若手である彼が結婚を発表することはいかに勇気のいることだっただろうか、と考えてしまう。同じ世代の声優に比べればまだ少ない方ではあるが、彼も多少はアイドル売りをしているようなところがあった。彼への祝福の言葉が多かったことに私はとても安堵し嬉しく感じたが、今でも「○○ 結婚 ショック」で検索すると他の同世代声優が結婚したらショック、と呟いているツイートが数多く見受けられる。
 彼の結婚発表を機に声優方の結婚発表がなされることを願っている。結婚したことを必ず報告してほしい、というわけではない。そりゃあ、下手に隠されてしまい後々最悪の結果で流出する、という事態になるよりかは本人の口から聞けたほうがどれほど良いかとは考えるが、そもそも結婚などプライベートの話なのだ。ただ、今の売り出し方で何らかの気兼ねを持っているのならばそんなものは気にしないでいただきたいし、そういう売り出し方をしている企業方には是非今一度考え直して欲しいと思う。
 
 我々は消費者だ。アイドル売りなんて最後は磨耗するだけの営業を行うくらいならば、少しでも貴社の商品が長く輝き続けていけるように努力して欲しい。……あのね、本音を言うとそろそろその商法には飽き飽きしてるのよ。女性声優なんてどんどん若くないと売れない市場になってきている。使い捨ての人形にするくらいなら、そんな消耗品のような扱いをするくらいなら、もう少し考えてよ。声優はアイドルにはなれないの。アイドルが良いなら、アイドルを好きになってるわ。演者である彼ら彼女らの演技こそみたい、ラジオを聴きたい。ただそれだけなのに、どうしてこうも使い捨ての道具のごとく扱っていくのか、与えられる側としては全く理解ができそうにない。
 
 演者も消費者も、どちらも納得のできる市場作りをそろそろ本格的に考える時期にきた。私は私の好きな人に、本来気にすべき点ではない部分で傷ついてほしくない。彼らは商品であるかもしれないが、同時に自分たちと同じ人間だ。消費者も、そろそろ目を覚まして欲しい。自分たちは最初、彼らに対して何を求め、どうして好きになったのか。
 月曜の朝、画面越しに笑う彼を見た。どうか多くの幸がお二方のもとに訪れますようにと、ただただ祈ることしかできなかった。